ザ・コミュニケーション ― 誰でもリーダーになれる、その真意とは? 秦 孝之さん
誰でも、職場でリーダーシップを発揮できず、人がついてこなかったり、プロジェクトが進まず困った経験があるだろう。それだけでなく、子供の教育や、地域コミュニティーの活動など、私生活の場面でも、「人を導く」ことの悩みは尽きない。
失敗のたびに「自分は、リーダーの才能や資格なんてない」と落ち込み、悩んだ人にこそ、このインタビューの記事を読んでいただきたい。
今回ご紹介する秦孝之(はた・たかし)さんは、MBAホールダー(ケロッグ経営大学院)で、日商岩井、GE、サビック、ジャトコを経て、現在、日産の専務執行役員として活躍している。一見順調なエリート街道を歩いてきたように見えるが、実は、多くの人と同様、沢山の失敗をしてきたと明かしている。自身の失敗や困難という“資産”を活かし、「誰でも訓練すればリーダーになれる」という考えのもと、多くの事業を成功に導いた。
謙虚な態度で、相手を思いやりながら話す秦さん。日産のカルロス・ゴーン氏やGEグループのジェフ・イメルト氏等など、多くの企業トップやスタッフから評価されてきた彼の強み、それは、抜群の“リーダーシップ”と“コミュニケーション力”である。このインタビューでは、普通の人々が実践できるような、秦流リーダーシップ論を解き明かす。
インドネシア市場からの撤退、GE、そして日産へ
自分の経歴は、いくつもの挫折経験の上に成り立っていると語る秦さん。その最大の挫折は、日商岩井時代の体験だった。インドネシアで、石油化学製品の大規模生産プラントを建設するという巨大プロジェクトを任されていたが、ビジネスの立上げが軌道に乗った矢先、1998年にアジア通貨危機が勃発。インドネシアはハイパーインフレ、市民の暴徒化が続き情勢不安に陥り、プロジェクトは失敗。秦さんは一転して撤退作業を負うことになった。
「現地社員たちと作ってきたものを全てゼロにする作業でした。そして最後に待っていたのは、戦友とも言うべき現地社員たちへの解雇通告だったのです。」
それは身を切るようなつらい作業だったと秦さんは唇を噛む。そして、さらに困難は続く。その後転職し、キャリアを積み重ねていたGEプラスチック社において、突然本人に一切知らされないまま、同社はGEグループから切り離され、SABIC(サウジアラビア基礎産業公社)へと売却されてしまったのだ。
戸惑いを隠せなかった秦さんだが、ジャック・ウェルチの腹心でGE人事のトップだったビル・コナティ氏から勇気づけられ、そのSABIC日本法人にて社長として手腕を発揮。その後、日産自動車のゴーン氏からスカウトされ、日産子会社の変速機専門メーカーであるジャトコのトップへと就任した。
変速機においては高い技術がある同社だが、日産の子会社という企業文化から抜け出ることができなかった。秦さんは、社員のリーダーシップ教育、海外生産拠点の強化など、「脱日産」のため、あらゆる変革を行い、同社をCVT(無段変速機)の最大手へと成長させた。今やジャトコは、単なる日産の子会社から完全に脱皮し、CVTにおいて世界シェア55%を誇る大企業となっている。
勝ちにこだわった人ほど、負けから学べる
失敗や困難な経験を前向きに受け入れている秦さんは、成功や失敗に対してどのようなマインドセットを持つべきか、語ってくれた。
「僕は、勝負には徹底的にこだわってほしいと思っています。特に、自分が勝てると思った勝負には、絶対に負けちゃいけない。これは、仕事の中で一番大事なことです。論理を突き詰めて、一個一個勝っていく事は、キャリアの中で絶対にプラスになります。もちろん全勝は無理ですが、勝ちにこだわった人ほど、負けた時に、“負けから学べる”んですよ。
同じことを、ユニクロの柳井さんが言ってます。彼の著書「一勝九敗」には、同社の失敗事例が多く書かれています。例えばユニクロは、パリやNYへ出店しては撤退を繰り返しましたし、店頭で野菜を売ろうとしたこともある。彼は全部の失敗を赤裸々に書いて、それを悔しがってるんですが、その負けから学んでいるのです。」
「いろいろな困難や挫折の経験は、実は後々の自分を楽にしてくれます。僕はそれを“引き出し”と呼んでいます。『今起こっているこの困難は、あの時の、あの事に比べたら何でもない』って思える事を、いくつ持てるか。僕はプラスチック屋から変速機屋になる時も、そこから日産自動車へ移動した時も、そう思ってやってきました。この引き出しの数が、その人の将来の競争力を大きく左右するのではないでしょうか。」
秦さんは、高いゴールを目指して、勝ちにこだわった。だからこそ、失敗や挫折経験から多くを学び、大企業のトップもうならせる経営のプロにまで昇りつめたのだろう。
誰でもリーダーになれる、その真意とは
秦さんのリーダーシップ論には、明確な定義が存在する。それは「リーダーとはカリスマ性や、特別な能力が必要なのではなく、“ある種の訓練をすれば誰でもなれる”」という内容である。一体どういうことなのだろうか?
「ジャック・ウェルチはGE時代、リーダーに必要な条件として『4E』を提唱しました。4Eとは、Energy(エネルギー)、Energize(他者を鼓舞する)、Execute(実行)、Edge(やりたくない、タフな事をやる)です。私はこの中で、特に“Energize”、すなわち、相手に影響を与え、動かすことが、リーダーシップの本質だと思います。」
秦さんは、続けた。
「では、どうやって相手をEnergizeするかという事ですが、その答えはもうコミュニケーションしかないと思うのです。黙って背中を見せるとか、言わなくてもわかるというのは、通用しないと思います。これは家族や夫婦の間も同じです。つまり、家族の間でうまくワークしないものは、仕事の場でワークするわけがないのです。」
では、模倣すべきリーダーシップ像というのは、どんなものであろうか?
「これに対する答えは、実は、ジャック・ウェルチの言葉なのですが、“Leadership is a style” だと思います。つまり、あなたはあなたでしかない、誰かの真似をしたとしても、その人にはなれないのだから、『自分という個人がリーダー』でありそこは変えなくて良いということなのです。結局、その人自身の中からにじみ出るものしか、人はインスパイアされないからです。」
十人十色のリーダーシップ・スタイルがあるべきだと秦さんはいう。自分らしく、多くの人をインスパイアし、仲間の力で結果を出す。これが、リーダーシップの本質なのだ。
コミュニケーション、そして、アクセプタンスとは?
最後に、秦さんが考えるコミュニケーションについて伺った。
「コミュニケーションは、ただ、喋るとか、何かを表現するだけじゃなくて、相手から引き出す事が大事です。つまり、Acceptance(承認)を確認するまで、全部を含めて“コミュニケーション”だと思いますね。」
秦さんは、インドネシア市場の撤退時に、約二百人の社員とじっくり話をし、納得してもらった上での解雇を心がけたという。
「状況が良い時のコミュニケーションは楽です。でも、この会社を畳まなければならない、これ以上給料を払えないといった難しい状況では、ただ一方的に通知して事を完了としてしまうと、多分仕事は失敗します。なぜなら、会社を辞めてもらう事が本当の仕事ではないからです。その後の相手との関係や、社会に対する影響を勘案することまでが仕事だと考えるのです。ですから、コミュニケーションは、タフな状況になるほど、重要です。」
秦さんは、敬意を持って相手の言葉に耳を傾け、理解し、意向を汲み取る努力をする。そして、リーダーとしての仕事である「Decision Making―決定」を行い、相手に伝え、承認を得る努力までしているのだ。
インタビューを終え、秦さんの穏やかな話し方や、誠実な態度から、自らのリーダーシップ論が実践に基づいていることがよくわかった。“失敗を資産化”するという意識改革は、働く領域が変わっても、その経験値が積み重なり力となって、やがて大きな責任を持つリーダーへ成長させる秘訣なのだと感じた。
相手からの“Acceptance(承認)”を得るまでを仕事と考え、コミュニケーションを重視したリーダーシップが浸透すればするほど、社会の一人一人の幸福度も上がり、仕事の成果も確実に増すだろう。これまでは、カリスマ性を持ちトップダウンで動かすリーダーシップが評価される風潮があったが、それは誰にでも真似できるものではないし、和を重んじる日本人にはそぐわないのではないか。
グローバル競争が激化し、多様性がますます重要となっている時代。秦さんのような、コミュニケーションを重視するコラボレーション型リーダーが、高く評価される時代が来ていると確信した。
取材・文責:ケイティ堀内
*この記事は、ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパン(ケロッグ経営大学院 日本同窓会)が運営するサイト、ケロッグ・ビジネススタイル・ジャパン向けに執筆したものです。