トップ対談 (2) 未来のものづくり・人づくり 理念の会社、YKK ― 幸せな社会づくりへのコミットメント ― 吉田 忠裕さん
若者が将来に不安を感じ、決められた事の中でしかやれないと言われて久しい。
子供や若者たちが、活き活きと活躍するために、企業は何をすべきだろうか?その打開策のヒントが得られることを願い、YKK CEOとキッザニアCEOによる特別対談が実現した。
第1回目では、キッザニア創設者ハビエル・ロペス氏のビジネス哲学に迫った。そして第2回となる今回は、いよいよ、グローバル企業YKKの会長CEOである吉田忠裕氏にご登場いただく。
まずYKKのファスナーに触れたことのない人はいないだろう。YKKグループは、世界のトップブランドを誇るファスナーやスナップ・ボタンを製造・販売するファスニング事業と、窓やドア、ビルのファサード(外観)などを手掛けるAP(建材)事業の2つの事業を中核としている。
創業から80年以上、材料から製造設備、製品までを自社で開発・生産する「一貫生産」を実施。「one to one marketing」などの優れたマーケティング手法や、ユニークなビジネスモデルで圧倒的なブランドを形成し、今や71の国と地域に展開するグローバル企業である。
このような世界をけん引する商品をつくるメーカーのトップは、どんな価値観をお持ちなのだろうか?吉田会長は対談に笑顔で臨み、ロペス氏のビジネス哲学について高い共感を示しながら、YKKグループのこと、ご自身のビジネスにおける考え方や方向性について語った。
コトラー教授に憧れて、ケロッグ留学へ
吉田会長は、慶応義塾大学法学部を卒業後、ケロッグ経営大学院に留学。1972年、25歳という若さでMBAを取得し、YKKへ入社した。在学中はコトラー教授からマーケティングを学び、その学びをone to one marketingなど同社の優れた手法につなげている。コトラー教授にとって、吉田会長は自慢の生徒の一人であると共に、教授は同社の優れたビジネスモデル、とりわけ理念経営を高く評価している。
そんな吉田会長だが、ケロッグ留学で興味深かった授業は、意外なものだった。
「ケロッグでは、経営者と労働組合に分かれてディベートするという、興味深いクラスがありました。アメリカのビジネス・スクールは、経営者を育てる学校です。しかしながら、YKKは『全社員が労働者であり、経営者である』と捉えていましたので、授業では、進んで労働組合の方に入りました。ディベートするのが楽しく、とても印象的な授業でしたね。」
吉田会長は、創業家出身の経営者でありながら、ご自身を「労働者」としても捉えられており、いかに現場の人や社員を大切にしているかが伺えた。この考えは、会長の父である創業者の吉田忠雄氏の教えでもある。さらにYKKグループの事業規模は、連結で売上高7127億円、営業利益で602億円であり、名実ともに大企業である(*2017年3月期)が、上場はしていない。なぜなのだろうか?
社員による「全員経営」、そのベースは企業理念にあった
「私たちの会社は少し変わっていて、社員イコール株主なのです。全員が労働者であり、経営者であり、株主であるということを標榜しているのです。もし上場すれば、事業に参加していない株主が入ってくることになります。私としては、一緒に“額に汗して”この会社を作り上げていく人こそが株主であって欲しいと考えています。」
これは、「善の巡環~他人の利益を図らずして自らの繁栄はない~」というYKK精神がベースとなっているからである。「善の巡環」は、創業者の吉田忠雄氏が提唱した企業哲学である。
事業活動を通じて新たな価値を創造することが、自社の事業を発展させ、顧客や取引先の繁栄につながり、さらには社会の繁栄にも貢献し、それが巡り巡って自社のもとに還ってくる、という考え方である。この精神のもと、「社員=株主」であり、従業員持株会が筆頭株主というわけである。
社員が株主となることは、当然、経営上のリスクが伴うが、吉田会長は、この精神のもと、社員を全面的に信頼し、この方針を貫いているのだ。
若者の問題 ― まず働く親が幸せであること
それでは、吉田会長は、現代の若者たちが抱える問題について、どのように考えているのだろうか。
「近年、若者の意識が後ろ向きになっているとの指摘がありますが、この問題の解決のためには、子供に、社会のさまざまなものを見せたり、体験させることが大事だと思います。
昔から『子供は親の背中を見て学ぶ』と言われてきましたが、子供が、自分の親を見て、仕事って楽しくなさそうだと感じていたら、夢を持つことなんてできない。だから、私は経営者として、活き活きと楽しんで仕事ができる職場環境を作ることが大事だと思っています。」
さらに、吉田会長は、メーカーとして社会へ貢献する思いを語った。
「我々は製造業なので、『ものをつくる』ことで価値を生み出す ― この方針はこれからも不変です。時代と共に、材料、技術、それから、商品、市場も変化していきます。しかし時代の流れに関わらず、ものをつくるという価値は変わらず重要なのです。私はものづくりの重要性を子供達に理解してもらえるような、学びの場を提供していきたい。」
YKKグループは、「善の巡環」というYKK精神を支柱とし、世界各国・各地域で、本業の「ものづくり」で、地域・社会の課題解決に取り組んでいる。品質が良く、かつ安全で価格が安いファスナーの開発・供給や、健康とローエネな暮らしのために、”樹脂窓化の推進”をどのメーカーよりも積極的に実践している。
数々の社会貢献活動の中で、とりわけ子供向けには、キッザニア東京にて、ファスナー職人を体験できる「ファスナーウィーク」というイベントを開催したり、また1980年より、日本代表やJ リーグなどで活躍する選手を多く輩出している「全日本少年サッカー大会」に協賛し、サッカー少年・少女を応援している。
“まちをテーマパークに”、地方で幸せなまちづくりのロールモデルを
YKKグループは、富山県黒部市を「技術の総本山」と位置づけ、技術や製造の中心拠点として事業を展開してきたが、その地である黒部において、現在、複合型賃貸集合住宅「パッシブタウン」の開発を進めている。(運営はYKK不動産)
この「パッシブタウン」は、黒部の自然エネルギーを活用し、電力や化石燃料などのエネルギー消費を抑えた、持続可能な社会にふさわしい「まちづくり・住まいづくり」を提案するプロジェクトである。
「私は、人口4万人の黒部にいて思うのです。『皆が幸せになる為に、テーマパークだと思って作ろうよ』と。
自分の住むまちに、面白い事がたくさんあって、まちそのものが楽しめれば、人々はそこにいるだけで笑顔になれる。子供、大人、老人、あらゆる世代の人々が、仕事したり、遊んだり、学び、参加できるような、そんなまちをつくりたいのです。」
パッシブタウンの目標は壮大である。賃貸集合住宅、商業施設、共有施設などから構成され、総住宅個数は約250戸、総入居者数は約800人を予定している。計画全体は2025年までに完成させるという長期計画である。
ローエネのまちづくりが、黒部で成功すれば、他の地域や、さらには世界へ広がる可能性がある。子供の未来を見据えた持続可能な社会を目指すスケールの大きな事業だ。しかし、決して突拍子のない事業目標ではなく、ファスナーや窓といった本業を通じて培った社会や環境に配慮した確かなものづくりの延長線上にあるといえる。
理念のYKK ― ビジネスそのものが、社会貢献
最後に、より良い社会を目指すために、企業は何を目指したらよいのだろうか?
「企業を経営している以上は、一年毎の計画・業績を開示しなければいけないのは確かです。ですが、それに加えて、もっと長期の目標、言いかえると“理念”があるべきだと思います。それがないと、この企業は何を目指し、何を大事にして企業活動を行っているかが伝わらない。もちろん、業績も伴わないと、誰にも信用してもらえません。理念と業績は車の両輪のように、どちらも必要なのです。」
取材を通じてはっきりとわかった事がある。それは、同社が事業を営む目的は、目の前の売上や利益ではなく、お客様や取引先、そして未来の子供達も含めた、社会の幸せを追求するということに他ならないという事だ。それは、創業当時から掲げられている「善の巡環」が、すべての事業の根幹となっているからである。
2017年8月、「YKKの流儀~世界のトップランナーであり続けるために(PHP研究所)」が発刊された。YKKグループの世界的な競争力やビジネスモデル、経営理念、そして吉田会長のビジネス哲学・経営観が網羅されている。吉田会長が率直に、同社の舞台裏について語っており、業界の枠を超え、さまざまな企業にとって示唆に富んだ内容となっている。ぜひご一読される事をお薦めする。
対談を終えて
お二人は、多忙な中、貴重なお時間を割いて、笑顔で対談に臨んでくださった。吉田会長は、ロペス氏の話にしっかり耳を傾け、共感し、先輩としてエールを送った。ロペス氏からはグローバル企業YKKを尊敬し、多くを学びたいという姿勢を感じた。
本対談から、サービス業と製造業という、まったく異業種でありながら、この両社には驚くほど共通項が多いことがわかった。どちらも企業理念を大切にしており、そのベースには「より良い社会への貢献」という考えがあった。先に述べたように、お二人とも、ソーシャルマーケティングを提唱したフィリップ・コトラー教授から薫陶を受けている。
また、大企業のトップでありながら、社員と同じ目線に立ち、人や社会を思いやる心を感じた。だからこそ多くの人を惹きつけるリーダーとして支持され、事業の発展にもつながっているのであろう。
先行きが不安な現代社会において、真正面から立ち向かう両リーダーの姿に触発され、勇気づけられた。幸福な未来づくりを目指すビジネス・プロフェッショナルが増えることを願って、この対談の結論としたいと思う。
取材・文責:ケイティ堀内
*この記事は、ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパン(ケロッグ経営大学院 日本同窓会)が運営するサイト、ケロッグ・ビジネススタイル・ジャパン向けに執筆したものです。