カルロス・ゴーン氏が惚れたマーケティング・サイエンスの第一人者 ~日産自動車(株)執行役員 星野朝子さん
今回は、日産自動車の星野朝子さんをご紹介いたします。
星野さんは、現在、日産自動車(株)、市場情報室(Marketing Intelligence; 略してMI)の室長として、かつ、唯一の女性役員として活躍されています。
当時まだ日本では軽視されていた「マーケティング・サイエンス」の分野に着目し、マーケティング分野で世界一と称される
ケロッグ経営大学院(以下、ケロッグ)で学び、MBAを取得しました。
「マーケティング・サイエンス」では、ビジネス投資の費用対効果や、消費者の動向について、調査結果やデータを基に科学的検証を加え、客観的な知見やカスタマーインサイト、勝利するための戦略を導き出します。
社会調査研究所(現在のインテージ社)時代に書いた星野さんの論文がゴーン氏の目に留まり、ヘッドハンティングによって2002年日産自動車に入社。日産が奇跡のV字回復を果たすその一翼を担ってこられた人物です。
女性の社会進出が言われるようになった日本ですが、大企業に占める女性の役員比率は、2010年のデータではわずか1.4%。先進国においてはダントツの最下位、、、。MBAホルダー、大企業の女性役員でありながら、子育ても楽しんでいる星野さんの姿に、これからの日本社会のあり方を感じ取ってほしいと願います。
■ ステキポイント1:売上予測がみごとに的中!競合他社も羨む驚異のマーケティング・サイエンス力
ゴーン氏から星野さんに与えられたミッションは、「顧客主義」の徹底、つまり信頼できるリサーチデータをもって消費者の声を正確に読み取り、それを戦略に反映させるというもの。
それまでの日産にはリサーチへの信頼がまるでなかったため、星野さんが着任初日に受けた挨拶は、「MIの付加価値、存在意義がわかりません。」から始まり、「国内市場だけにしてくださいね。海外には口を出さないで。どうせわからないだろうから。」など、さんざんなものだった。
その中でも星野さんが「私の着任最初の仕事は本当に困難続きでした。今となっては思い出深い、私の貴重な肥やしです。」と語ってくれたのが、リサーチをベースとした予測モデルに関するエピソードである。
星野さん率いるMIチームは、新たにリサーチをベースにして新車の売り上げ予測を導き出した。その値は、商品企画部の計画をはるかに“下回る”数字であった。プロジェクトはその存続が危ぶまれる状態に陥った。
とうとう、プロジェクトメンバーから、予測モデルの信憑性を追及する徹底攻勢が始まった。彼らにとっては、当たるかどうかも分からない予測モデルによって自分達のプロジェクトをお蔵入りさせられてはたまらない。何としても納得いく数字を獲得するために、毎日毎晩、MIに押しかけては会議を開き、我々を説得しようとし続けたのである。
星野さんは思った。
「毎日毎晩、予測モデルの数式や数字を議論しても、一台でも多く売れるわけではない。つまり、まったくお客様のためにならない。商品企画者は、こんなところにいないで、いますぐにでもお客様のために、どうやったら車がもっと良くなるかを検討するべき!」
しかし、当時の日産社内にはそうしたネガティブ・フィードバックを得た開発案件を軌道修正していくプロセスがなく、社員にとって、開発を止めるというオプションは考えられなかった。
まったく噛み合わぬ議論の末、怒りを爆発させるプロジェクトメンバ-は、星野さんに激しい言動で詰め寄った。
「このプロジェクトは俺たちの命がかかってるんだ!俺たちを殺す気か!」
星野さんの部下達は、彼らの納得する数字に修正することで、ことを収めたらどうかというムードになりつつあった。しかし、星野さんは、決して予測値を変更しようとはしなかった。そればかりか、
「仕事に命かけないでください。命はご家族の為にかけてください。」
と、彼らが肩透かしをくらうような返答で対処。あきれ返って退散していくプロジェクトメンバーの背中を見ながら、部門の行く末を案じて青い顔で立ち尽くす部下たちとはうらはらに、「今日は終電までに終わったわね♪」と、いそいそ帰宅準備を始める星野さん。その度胸と精神力には驚嘆せざるを得ない。
同時に「『仕事に命をかけている』と言い切れる社員に“日産への愛”をひしひしと感じて感動した」と語る星野さん。感じ方もまたユニークである。
結局、この攻防は収拾が付かず、ゴーン氏の采配にゆだねられることになった。このときゴーン氏が出した通達は次のとおり。彼の胸のすくようなリーダーシップの片鱗を感じることができる。
「予測モデルはNever Perfectだが、MIの予測は会社のBest Guessとして扱われるべきである。MIの判断をRespectするように。」
そしてMIには、PDCAを回して販売予測データと販売結果を照合し、予測モデルを改善していくようにと指令が下った。
そして、2004年。星野さんの導き出す予測モデルの的中率の高さに社内が感服した。なんと、開発された6車種すべてにおいて、星野さんの予測が、恐いほどに的中したのだ。
それはまさに日産において革命的な出来事だったといえよう。それ以降、MI、そして星野さんへの絶対的信頼へとつながった。さらに、この出来事は、社内を越えて自動車業界にまで聞こえ及び、競合他社から、予測モデルの手法を教えてもらえないかと言う依頼までくるほどとなった。
科学的手法によって、精度の高い「市場を読む」メソッドを構築し、社内の抵抗勢力の力にも屈せず、自らの信念を貫いた星野さん。これこそ、プロフェッショナル・リーダーとしてのあるべき姿ではないだろうか
■ ステキポイント2:新車のネーミングに見る星野さんの子育て
日産初の“環境”をコンセプトにした新車発売において、ネーミングがとても難航していました。
殆どの単語はすでに商標登録されており、ネーミングのプロに依頼して、山のように出た候補の中から激選された名前も、ゴーン氏からはあっさりとボツ。
もっとシンプルで、覚えやすく、そのコンセプトがわかるネーミングにするようにと指令が出ました。結果、役員全員に3つずつ案を考えて提出せよという要請が下りました。
星野さんは帰宅後、小学生の息子さんに相談を持ちかけました。
「今度、ママの会社で出す新しい車の名前、いいのない?」
と息子さんに相談。
息子さんは新車発売に心をときめかせました。子供なりに一生懸命考えて導き出しました。
でも、出てくるのは、ウルトラマンや怪獣にまつわる名前ばかり(笑)。
「ちょっとウルトラマンから離れてみよっか(汗)。
じゃあ、自然とか、環境をイメージする言葉を考えたらどうかな?」
こうして、星野親子がコミュニケーションしながら考えたネーミング案が、本当に新車に採用されたのです!
この心温まるエピソードから、女性役員として超多忙でありながらも、子育てを楽しみ、息子さんとの絆をはぐくんでいる姿を感じることができます。
以下は星野さんが、夏休みに息子さんとのコミュニケーションのために使っていたノートです。同じ子をもつ親として、私自身もこのノートには胸を打たれました。
■ ステキポイント2:仕事を持つ女性が目指す理想の家庭
星野さんのご主人は、リゾート運営会社「星野リゾート」のオーナーである。夫婦それぞれが社会の重要なポジションにあることで、家庭内は自然と情報交換の場となっている。ご主人は星野さんを通して日産の経営手法から学ぶこともあり、星野さんもまたご主人のマネージメントから刺激を受ける。
お互いが自立し、お互いを尊敬しあうことで、夫婦の絆を深めている。子供はこうした環境下で、小さいころから社会に触れ、親の仕事にかかわることで自然とその潜在能力を引き出され、自信を深める。星野さん一家の家族のありかたは、仕事を持つ女性が目指す理想の家庭像のように感じられる。
そんな星野さんが頭を悩ませていることがある。社内で、優秀な女性がなかなか育たないことだ。高い能力をもつ女性が、家事や子育てとの両立に悩み、オフロードしていく現実を何度もまのあたりにしているのだ。星野さん自身、創意工夫をしながら仕事と家庭を両立してきた。その経験を語って聞かせても、「星野さんは特別だから…」と言われてしまう。
しかし子育てしながら仕事を続けるなど、欧米諸国では当然のことだ。仕事か、家庭かを女性が選択する必要のある社会は、先進国では日本だけなのである。星野さんはこう主張する。
「子育てと仕事はまったく別次元のもの。親の子供に対する思いは無償の愛であり、子育ては親双方の責任です。有能な女性が仕事を続けられない現状が、どれだけの社会的損失となっているかを、もっと国を挙げて考えるべきだと思う。」
日本社会の少子高齢化と、将来の労働力不足、そして国際競争力の低下に歯止めをかけるソリューションの一つが、女性における仕事と家庭問題の解決である。
星野さんは実際にお会いしてみると、等身大の自分をナチュラルに生きている雰囲気で、明るく、人をリラックスさせる素敵な女性である。そんな星野さんから、多くの女性は勇気と知恵を与えられ、社会に多大な貢献をしていくチャンスを掴んでいくだろう。
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