グローバルな視野で日本を伝えるケロッグ流“スーパーマン” 加治 慶光さん
「ご感想は?」
内閣国際広報室の会議で、加治さんがよく使う言葉です。
常に、相手との対話を大事にし、謙虚で、自然と人を惹きつける魅力を持つリーダー、それが加治さんです。
加治さんは、日本コカコーラ、タイムワーナー、日産自動車など、そうそうたるグローバル民間企業を経て官僚となったという稀有な経歴の持ち主です。また、ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパンの会長として、大きな求心力となっています。
本取材を通じて、加治さんの理念や、リーダーシップ・スタイルをお伝えいたします。
日本を伝えたい思いが、与えられた
日産で スーパーカー“Nissan GT-R”やNissan LEAFなどの世界市場導入戦略構築と実施を担当していた加治さん。なぜ、グローバル企業の華やかな仕事を捨てて、今、政府での仕事を選んだのか? その理由を聞いてみました。
「ケロッグを卒業して、自分の身の振り方を考えた時、“日本を良くすることを通じて世界に貢献する”事を自分の軸として決めました。そのためには、まず外資系で実績を積み、その後に日本の組織に入って貢献すると。 結果、コカコーラや、大好きな映画や自動車の領域を手がけ、オリンピック招致活動にも参画することができました」。
そうしているうちに、政府の方々とやりとりすることが多くなり、政府と民間企業が連携すれば、もっと日本を良くする方向へ変えられるんじゃないかと思うようになりました。そのことを友人であるライフネット生命 副社長である岩瀬大輔君に話してみたら、彼が今の仕事を紹介してくれたんです。映画や自動車を世界で売っていくことと、日本の強み、魅力、価値観を発信していくことは、ある意味一直線上にもあると思っています。その視点からは、仕事を捨てた、というより、その積み重ねが行かせる場所と出会ったと考えています。」
常に、「日本、そして、世界への貢献」をキャリアの軸に据えていた加治さんは、惜しまれる中日産を退社し、内閣官邸国際広報の仕事をスタートされました。2011年1月のことでした。
外務省、財務省、経産省等各省庁の官僚、そして民間企業出身の専門家も集まる中、加治さんの仕事はスタートしました。意気揚々と日々、戦略立案、リサーチ、ブレインストーミング、社内根回し含め、夜を徹して日々の業務に取り組みました。
しかし、その後まもなく、大きな試練が訪れました。そう、3月11日に発生した東日本大震災です。
被害の甚大さ、政府の情報共有の遅れに、海外の日本への評価はすっかり失墜してしまいました。 国内でも復興の遅れや原発事故が収拾しないことなどへの怒りや不安が広がり、日本国民全体が、希望の光を見失ったかのような状況になりました。
しかし加治さんは、日本をまったく諦めなかったのです。それどころか、震災によって、日本の素晴らしさを海外に伝え、日本が世界のリーダーとして貢献する日がくるという信念を、ますます強める結果となりました。
日本人の圧倒的な強みとは
加治さんはグローバル企業の中で、さまざまな国の人々と仕事をしてきました。世界を知っているからこそ、日本の特質がはっきりと見えたといいます。
日本人の強みをどう捉えていますか?という問いに、加治さんは答えてくれました。
「日本人は、自己を犠牲にしても徹底的にクオリティにこだわり、妥協しません。献身的で粘り強く、誠実かつ勤勉。しかも和を大切にする気質を持っています。私は、これが日本が世界に誇れる特質だと思います。もっと世界にアピールして、世界を調和させる役割を担っていけると信じています」。
「世界がここまで多極化してしまうと、さまざまな国民の多様な考え方をまとめる人材がさらに求められていく。まさに今、いろいろな思想をしなやかに受け入れられる日本人的な発想がとても重要だと感じるんです。日本が世界で存在感を失っていくのはもったいない、それこそ世界的損失ですよ。日本はもっと世界に貢献できるはずです。」
「日本人はこれまで自分達の長所を世界に表現することに慣れていませんでした。その必要性もなかったし、そういう訓練も受けていなかっただけなのです。今後は、奥ゆかしさを美徳とする日本人の精神はそのままに、必要とされる場面でしっかり伝える力をつけることが重要であると考えます」。
日本の国民性こそが、世界に誇れる財産となる、グローバルな視野で未来を見据えている加治さんの言葉は、私達に大きな希望を与えます。
官邸の国際広報として目指していること
民間から官僚へ、その転身は想像を絶するほどの苦労の連続であるに違いありません。しかし一言の不満も、泣き言さえも口にせず、加治さんはこう話してくれました。
「ずっと以前から、民間企業と政府が連携する事の重要性を感じていました。実際、政府に入ってみると、官僚や政治家の皆さん一人一人は、志が本当に高く、日本を良くしようと一生懸命に考え、日々努力されている方ばかりです。」
多くの国民は、政府や官僚にネガティブなイメージを抱いていますし、それが日本という国への信頼や期待感を失墜させています。加治さんは、内情とこの世論とのギャップを良く知っているだけに、広報担当として、日本の真実を世界に伝えることの難しさを実感しているのです。
「政治の世界は、複雑で濃密なことが多く、簡単に外から見渡せるものではないということを実感しています。一つの政策の実現には多くの人が関わり、長い歴史を経て、細かい人の営みによって生まれてきています。それを表面から捕らえて、問題だけ指摘したり、批判するのは簡単です。でもそれでは何も良くならないですよね。私は官僚の立場ですが、民間出身者として、民間の立場で声を上げることにしています。それと同時に、政府内で営まれていることの誠実さや努力を人々に伝えていきたいと思っています。」
日本の和の精神と融和性の高いケロッグ流リーダーシップ
加治さんの行動や考え方は、個人の利益より全体の利益を見つめています。
チームのリーダーとして、何か心がけていることはありますか、という問いに、こう答えてくれました。
「私はいつも、自分がいなくなったとき、組織がどうなるかを考えて仕事をしています。私がいなくても、続いていく組織になるような仕組みづくりを目指しています。自分が来たことで、一ミリでも会社や業務に変革がもたらすことが重要です。一般に、自分のポジションに固執して保守的になる人が多いけれど、私はそういうのが得意でないんですね。これは私の“芸風”なんでしょうね(笑)」
加治さんのリーダーシップ・スタイルと、ケロッグ経営大学院との関連をさぐるため、どうやってケロッグと出会ったか、聞いてみました。
「富士銀行に勤めていた20代の頃、ケロッグの卒業生の方々と交流することがあって、すごい衝撃を受けたんです。
”競争”志向であるハーバードの対抗軸として、”協力“志向のケロッグ。
ケロッグは、チームワークを通じて、人の繋がりを促進する最高の学校です。そのチーム・スピリッツは、授業、課外活動、学友、同窓会活動、いたるところで感じられました。このような価値観を創造し、世界で活躍するグローバル・リーダー達を多く輩出している教育機関が存在するという衝撃は、本当に大きかったのです。我々が直面している、数々の問題を解決するための、未来からのメッセージかと思ったくらいです。それまでのリーダーシップ論が古臭く感じられました」
加治さんは、MBAを取得するにあたって、ハーバードやスタンフォードは受験せず、最初からケロッグに決めて挑みました。
「ケロッグのチーム型リーダーシップ教育は、日本の“和を持って尊しとなす”を形式知化したものではないかという仮説があるほど、日本人的リーダーシップに近いと感じました。ケロッグがなかったら、今私はこういう仕事をしていないと断言できます。感謝してもしきれないですよ。」
先代から受け継いだ日本を、次世代につなげる
加治さんは、最後にこう付け加えられました。
「我々バブル世代は、日本が一番よい時代を知っています。私たちの親、その親が苦労して作り上げた日本の繁栄を、我々の世代が浪費しきってしまった。環境を破壊し、人口を減らし、食い潰したあとの世の中を私たちの子孫に引き継がせるのは、先代に申し訳ないという気持ちがあるんですね。」
そして、ホーキング博士が予言するように、人類が絶滅の危機に瀕していると加治さんは危惧しています。電気自動車の世界導入の経験はさらにその思いをリアルにしたともおっしゃっています。だからこそ、日本が世界をリードし、世界を調和させることで貢献できれば、絶滅から逃れ人類が新しい幸福の在り方に向き合うことができる、そんな思いを持って、加治さんは日々、与えられた立場において、業務にあたっています。
もし今、世界にスーパーマンがいるとしたら、一撃で悪を倒すクラーク・ケントではなく、人々の幸せを第一にし、裏方から悪を社会から追い出す仕組み作りができる、そんなコラボレーション型リーダーなのではないでしょうか? それは加治さんのように、ケロッグから生み出され、ケロッグのDNAを全身に受け継いだ人物であるように思えました。
取材・文責:ケイティ堀内
*この記事は、ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパン(ケロッグ経営大学院 日本同窓会)が運営するサイト、ケロッグ・ビジネススタイル・ジャパン向けに執筆したものです。