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日本製造業に第2の黄金期を-エンジニア出身コンサルタントの使命感 尾崎 正弘さん

日本製造業に第2の黄金期を-エンジニア出身コンサルタントの使命感 尾崎 正弘さん

今回は、私ケイティ堀内が昔からよく知る人物、尾崎正弘さんを紹介する。

尾崎さんは、NECのエンジニアとしてエアロスペース(航空宇宙/防衛)にかかわる職務に従事しながら、1994年にケロッグに留学。その後グローバルコンサルティングファームであるPRTMにヘッドハンティングされ、日本法人の立上げに参画した。同社は、サイエンスやテクノロジーを基盤とする製造業のR&Dやサプライチェーンマネジメント(SCM)に強みを持つコンサルティングファームである。PRTMは2011年にプライスウォーターハウスクーパース(PwC)と経営統合しPwC PRTM マネジメントコンサルタンツとなり、尾崎さんは高い見識と、着実に出し続けた成果が認められ、同社日本代表となった。エンジニアとしての経験を活かしつつ、クライアント企業のR&DやSCMの改革に、グローバルレベルで取り組んでいるプロフェッショナル、それが尾崎さんである。今回は、尾崎さんのキャリア、魅力、そして、日本の製造業の将来に関する考え方などを解き明かしていきたいと思う。

ケロッグ留学前の壁-英語と会社

尾崎正弘さんのインタビュー写真

PwC PRTMオフィスにて取材

尾崎さんとの出会いは1994年の夏の終わり、ケロッグ経営大学院の入学前だった。当時のケロッグの学生数は約500人、その中で日本人は約25人、これでも外国人の中で最も多い国であった。ただ、ほとんどの日本人が、通常のMBAプログラムを選ぶ中、尾崎さんは、「MMM(トリプル・エム)」という、製造業に特化したMBAコース(マコーミックスクール=工学部とのジョイントプログラム)を専攻。MMMプログラムの中では、ただ一人の日本人生徒だった。

尾崎さんが入社した頃のNECは、半導体,コンピュータ,通信のいずれの分野でも世界トップ3に入るグローバル企業。その中で、尾崎さんの従事していたエアロスペースは極めてドメスティックなビジネスであったと言う。その様な中、「世界を舞台にしたい」という思いとマネジメント分野への興味からケロッグのMMMに強く惹かれ、留学を決意。ところが、NECはこの留学に難色を示した。

「当時のNECでは、MBA留学は文科系のキャリアパスという意識が強かったんですね。私の希望は会社に認められなった。仕方がないので、『会社の支援は当てにしないので、合格したら円満退職だけはさせて欲しい』、と上司に伝えました。」

大胆な宣言をしたものの、仕事で英語はほとんど使わなかったし、全くのドメスティック人間。英語の試験では本当に苦労しました…。忘れもしません、最初のTOEFLスコアは490点で、さすがに凹みましたよ。 そこからは、とにかく620点を目指して毎日必死に勉強し、毎月試験を受ける日々。半年たって、やっと580点くらいになりましたが、それでもなかなか600点を超えない…。努力しても、時間をかけても、結果が出ず、先が見えない時の不安というのは何ともいえないものでした。当時30歳を超えていましたし、色々な犠牲をも払っていましたし。夜中に勉強中、『もしかしたら、これは報われない努力なのかもしれない』とふと考えて、そんな不安を振りまた切り机に向かう、その繰り返しでした。しかし、一年たってようやく630点を獲得。GMATも相当苦労しましたが何とかクリア。 ケロッグから合格通知をもらったときは、飛び上がる思いでした。人生でもっとも嬉しかったことのひとつです。」

合格後、NECはあわてて留学を認めてくれたそうだ。しかし、業務の都合上、1年伸ばしてくれといわれ、本校に交渉。幸いなことにケロッグは快く延長を認めてくれ、尾崎さんは無事、会社派遣として、ケロッグ留学を実現することができた。

NEC時代の問題意識が原動力に

彼をここまで動かしたものは何だったのか? 質問をした私に、尾崎さんは目を細めてこう語ってくれた。

入学前のOutdoor adventure で、自転車旅行

尾崎正弘さん入学前のOutdoor adventureで自転車旅行

「私が留学を志した90年代初頭は、”Japan as No.1″ ともてはやされていた日本の製造業の歯車が、少しずつ狂い始めている時でした。当時所属していたNECも例外ではなかったと思います。残業手当がつかなくなり、部長の出張がエコノミークラスになり、と言った事が身の回りにも起きだしていました。私の入社当時NECは就職ランキングで10年以上理系人気No.1だったという事もあり、周りには優秀なエンジニアが沢山いましたが、私には個々の力がビジネスにうまく反映されているようには見えませんでした。そういう意味では組織マネジメントに問題意識を持っていた訳なのですが、『では、どうすれば、先輩、同僚、後輩を活き活きとさせられるか?』は、皆目分からない状態でした。その様な中、「経営学」の中に答えがあるのではないかと考えたわけです。

もう一つは、個人的な志向として、よりグローバルなビジネスキャリアを歩んでいきたいとも考えていました。その時に、MBAと言うものがすごく魅力的に見えたんです。ビジネスクラスで世界を飛び回り、JFKやヒースロー空港をアタッシュケース持って闊歩する…。ミーハーな話ですが、その時はそれがかっこよく思えた。「上昇志向」と言えばまだカッコつきますが、まあ、はっきり言って、女の子にモテたかっただけかもしれません。(笑)。大したことでもなかったのですが、若かったのですね。」

MBAを目指す男性の率直な思いの一つであろう。思わず笑みがこぼれた。


素晴らしい仲間と、ホスピタリティー

添田武人さん

ケロッグMMMのクラス仲間と

ケロッグ留学にあたり英語に苦しんだ尾崎さんだが、その後も英語の苦戦は続くこととなる。

「ケロッグのMMMプログラムでは、日本人は僕一人。クラスの中で、英語に関しては、ダントツのワーストで、沢山の恥をかきましたよ。

膨大なリーディング、山の様な宿題、絶え間ないグループミーティング、そして発言を求められる授業。英語が得意でない僕が、四苦八苦しながらも、皆の何倍もの時間をかけながら最後まで努力した姿をクラスの仲間はしっかり見守り、支え、励ましてくれました。実際、僕が卒業証書を受け取ったとき、みんな拍手喝采してくれましたからね(笑)。沢山苦労しましたが、そのおかげで素晴らしい仲間にめぐり合えた。ケロッグとその仲間には感謝の気持ちで一杯です。」

学生イベントTaste of Kellogg で友人と尾崎さん

学生イベントTaste of Kellogg で友人と

ここで、私のささやかな尾崎さんとのエピソードをお伝えしたい。

当時、二人とも、ケロッグの学生寮(マクマナスという)に住んでいた。当時、私の部屋のテレビやPCなどの電気製品の調子が悪くて、自分で解決できなくなると、サポートデスクのように(笑)尾崎さんにヘルプを求めていた。 尾崎さんは決まって、7つ道具が入っている“工具セット”を持参、夜遅くても必ずかけつけてくれた。誠実で、ほのぼのとしたキャラクターの尾崎さんは、学校で起きたこと、世間話などをしながら、家電の前にお父さん座りをして修理してくれた。その姿を今も忘れることができない。

MMMで苦労をされていたにもかかわらず、安定して穏やかな態度であった尾崎さん。今だからわかるのは、自分が大変な状況にいても、他人に優しく接することの出来る人柄、高いホスピタリティーを持っていたからこそ、クラスの皆が尾崎さんへの協力を惜しまなかったのであろう。

新たな時代、コンサルタントとしての役割とは?

尾崎 正弘

尾崎さんが代表を務めるPwC PRTMマネジメントコンサルタンツは、製造業・ハイテク産業にフォーカスしている。仕事における彼の使命や役割について聞いてみた。

「日本企業をもう一度グローバルビジネスのトップランナーにするお手伝いをしたい。これが、コンサルタントとして歩み始めた時から自らに課しているミッションです。日本企業にはまだまだ大きなポテンシャルがあると思っています。なにより、まじめで優秀な人達がたくさんおりますし。私はその力を十分発揮できるような基盤づくりを支援したいと思っています。」

競争がさらに激しくなっているコンサルティング業界。コンサルタントが、頭の良さ(ロジカルシンキング、仮説思考といった頭の使い方)とフレームワーク(3C、4P、7S、等々)とでバリューをだせる時代はとうの昔に過ぎ去ったという。今はそんなビジネスモデルでは成り立たない。では、コンサルティング企業は何を提供すればよいのか?

「以前は『何をすべきか』を教えるのがコンサルタントの役割でした。しかし現在は大きな価値を生み出せません。かつてコンサルティングファームが独占していた知識体系(思考法やフレームワーク)はいまや誰でも知っています。クライアントチームにMBAホルダーや元コンサルタントがいるのも普通の事です。そのようなクライアントは、多くの場合何をやるべきかは既に分かっています。多くの企業が悩んでいるのは『やるべきことは分かっているが、それが色々な理由で実行できない』という事なのです。すなわち『分かる』と『分からない』のギャップを埋めるのではなく、『(分かっているけど)出来ない』と『出来る』のギャップを埋める事なのだと考えています。我々コンサルタントがすべきことは、クライアントとチームとして一体となり、一緒に泥だらけになりながら改革の実践し、結果を出すことです。

最近手がけたのが、ある大手医薬品メーカーのR&D改革です。その中では、新しい組織図やプロセスチャートを描くなどというのは、改革の『初めの一歩』に過ぎませんでした。(トップの合意を得る組織設計はそれなりに大変ではありますが)本当の勝負はそこからなのです。予算管理から人事に至るまで組織を動かす仕組みを精緻に設計、組織全体に伝達/教育し、更には組織のモーメンタムがつくまで実際のオペレーションをサポートする。それをやりぬくために、我々コンサルタントは必要な事は何でもやりました。例えば、新たに設立された部門の中で、クライアントと一緒に新しい業務に取り組みました。派遣社員のように自分達が業務遂行者になりながら、試行錯誤の中で業務プロセスをチューニングをする。クライアントメンバーを叱咤激励しながらトレーニングし、新たな組織能力を育てる。“Not Report, but result”と言うのが設立以来の私たちのスローガンなのですが、それを達成するためのアプローチはこのように結構泥臭いものなんです。一般的なコンサルタントのイメージとは若干異なるかもしれませんが、私たちはこの事に誇りを持っています。」

コラボレーションを大切にするPwC PRTMの社風

PwC PRTM の仲間と尾崎 正弘氏

PwC PRTM の仲間と

一体となって改革を実践するには、クライアントに「信頼され受け入れられる」ことが重要である。それには、豊富な経験と専門知識はもちろんであるが、顧客の心を開き、信頼を勝ち得る「パーソナリティ/人柄」であるはずだ。実際に、PwC PRTMのスタッフはどのような人々なのか?

「同業他社から来た人によると、私の会社は『コンサルティングファームにしてはギスギスした雰囲気がない』そうです。私はコンサルとしてはこの会社しか知らなくて、そのあたりはよくわからないのですが、確かに旧PRTM時代からチームワークを重視するカルチャーではありました。例えば、パートナーに昇進すれば、その時々の個人の売上パフォーマンスに関係なく、ボーナスは平等でした。個人の成績ではなく、集団の成績のみで報酬が決まるので、必要以上に社内競争的にならず、助け合う組織文化が育っています。」

PwC PRTMでは、働きやすい環境のためか、社員の勤続年数が他のコンサルティング会社に比べて長いとの事。生き馬の目を抜くこの業界で、貴重な存在である。

これからもこの道を歩み続ける

尾崎さんは代表となってまだ間もない。コンサルティングの仕事はそれなりの実績を上げてきたけれど、企業の代表としてのリーダーという意味ではまだまだチャレンジの途中であると言う。

「少し前に、クライアントが新しく作る組織のリーダーの選定のために、外部候補者のインタビューのお手伝いをしました。『環境の変化に注意を払い、戦略的な手を打てるか?』『過去のやり方を捨て、新しい事にチャレンジする姿勢はあるか?』、『細かな声掛けなどを通じ、現場モチベーションアップに常に心を砕いているか?』と言った視点でインタビューをする訳ですが、『果たして自分はどうなんだ?』と自問せざるを得ませんでした。これは非常に良い経験でした。自分がリーダーとしてはまだまだである事を自覚できたわけです。コンサルタントとしてはいささかの自負はあったのですが、組織リーダーとしては全く未熟です。日々研鑽ですね。」

しかし、今後、尾崎さん率いるチームが進むべき道ははっきりと見えている。

「我々が企業としてやるべきことは明確です。今までもこれからも、自分達の得意分野にフォーカスし、その専門性を高めていくと同時に、戦略実行と成果達成にトコトンこだわっていく事に迷いはありません。」

エンジニアとしての経験、ケロッグMMM、そしてPwC PRTMでのキャリアを見事に活かしている尾崎さん。彼がずっと変わらず持ち続けている使命感、それは、「日本の製造業をグローバルビジネス環境で再び輝かせる」ことである。

日本にとっての大きな資産は間違いなく人財である。エンジニアをはじめすべてのビジネスパーソンがその力を大いに発揮し、さらに世界で活躍するために、企業経営のイノベーションを支援したい。日本の経済を支えた製造業が混沌としている今だからこそ、尾崎さんと彼のチームのチャレンジが、大きな推進力となるだろう。

PwC PRTMオフィスで尾崎さんと筆者ケイティ堀内

PwC PRTMオフィスで尾崎さんと筆者ケイティ堀内

取材・文責:ケイティ堀内

*この記事は、ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパン(ケロッグ経営大学院 日本同窓会)が運営するサイト、ケロッグ・ビジネススタイル・ジャパン向けに執筆したものです。

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