かつてのソニーに見るクリエイティブ・マーケター
「クリエイティブ・マーケター」という言葉を使いました。これは、私の肩書でもありますが、「経営者とクリエーターの間に入り、マーケティングの視点でイノベイティブなビジネスを支援する仕事」と捉えています。
これからの時代、テクノロジーの発展とグローバル経済の影響を受け、多くの仕事はコンピュータや海外の安い労働力にどんどん取られてしまいます。ですから、これからは「人にしかできない事」を仕事にしていかなければならないと考えています。
その一つがクリエイティブな仕事です。ですから、私のブログ「クリエイティブの種」も、読者のみなさんにクリエイティブな発想を持つヒントになる情報を提供できるようにしていきたいと思います。
さて、クリエイタ―の一つにデザイナーという仕事があります。カナダ、トロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメント学長、ロジャー・マーティンは示唆に富んだこんな言葉を残しています。
「ビジネスに携わる人がデザイナーを良く理解する必要などない。彼ら自身がデザイナーになる必要があるのだから。」
この言葉を聞いて私が真っ先に頭に浮かぶのは、ソニーの盛田昭夫氏、そして盛田氏とともに世界初のヘッドホンステレオ「ウォークマン」を開発した黒木靖夫氏です。
私は1999年、幸運にも黒木氏とお会いしお話を伺った事があります。黒木氏は全く飾り気のない魅力的なお人柄で、当時まだ20代の若輩者の私に手書きのお葉書も下さいました。この出会いは私がデザイナーに興味を持つ一つの大きなきっかけとなりました。
そこで、黒木氏はウォークマン開発の裏話を話して下さいました。 「人のまねをしない。人のやらないことをやる」の理念を忠実に守り、イノベーションを起こされた実践者からのお話は今でも強烈に記憶しています。
そのエピソードは、黒木氏の著書「大事なことはすべて盛田昭夫が教えてくれた」にも書かれていますので、引用してご紹介します。
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しかし、思わぬところから見通しが暗くなった。それは、当時国内販売をしていたソニー商事の反対だった。
私が名前をまだないウォークマンを売るべく熱弁をふるうのだが、 「録音できない物が売れるか」 と冷ややかだった。
盛田にソニー商事の反応を伝えると、 「じゃあ、責任者を呼んできなさい。私が説明しよう」と言うので、商事の社長と専務とテープレコーダー営業部長の三人に会長室に来てもらった。こんな時は虎の威を借りるに限る。
説明の後、盛田から意見を求められた社長は、 「売れるような気もしますが、録音のできない機械は売ったことがありませんので・・・・」 と言葉を濁した。
専務は、 「どうもヘッドホンだけで音楽を聴くというのはかったるい気がします」とやんわり反対した。
“かったるい”という言葉が印象的だった。最後の営業部長の意見はソニー商事の当惑ぶりを示した。 「19800円なら、どうにか2万台ぐらいはいけるかもしれません」 と答えたのである。(中略)
盛田は内心がっかりしたようだった。 「よろしい、今日はおしまいだ」 と言って3人を帰した。
怒ることのない盛田にとっては最高の不機嫌の意思表示だったと思う。後に残った私は盛田を慰めようとしてこう言った。
「会長、あの人たちに売れるかどうか聞いても無理です。みんな40以上です。この機械はティーンエイジャーに売ろうとしているんですからね。会長も私も40以上ですが、あの人たちとは違うところがあります」
「それは何だ」 と盛田が尋ねたので、 「それは、会長も私も毎週『POPEYE』を読んでいる事です」 というと、とたんに相好を崩して笑い出した。
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今では、外出先で音楽を聞く事は常識になっています。
しかし、「ウォークマン」が生まれた当時は非常識でした。 前例がない商品をライフスタイルごと市場に投入し、新たなマーケットを創って大ヒットさせる。イノベーションを起こしたマーケティングの良い事例ですね。
なぜ、イノベーションが起こせたのか?「『POPEYE』を読んでいる」いうことに象徴されているように、時代を先読みできた経営者盛田氏とデザイナー黒木氏お二人のパートナーシップが成し遂げたのだと思います。
「ウォークマン」は、現在、市場であまり見かけなくなりましたが、このエピソードにはイノベーションを起こすため、時代を超えて考えるべきヒントが隠されているのではないでしょうか?
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