ステキ人ストーリー
ステキ人ストーリー
日本の伝統技術を世界へ発信する工業デザイナー  奥山清行

日本の伝統技術を世界へ発信する工業デザイナー  奥山清行

先週、バラク・オバマ氏が、米民主党の大統領候補指名を獲得したというニュースが流れました。対立候補のヒラリーと比べれば、弱冠46歳という若さや、黒人という民族性の問題で、誰もが、彼女を圧勝するなんて、予測できなかったのではないでしょうか。

でも、彼は、どんなに状況が不安定でも、また、中傷、批判、脅迫を受けても、冷静に状況を受け止め、前進し、そして勝利を手にしました。

もし、オバマを大統領に迎えられたら、アメリカの新たなステージが始まるように思います。

今回は、カーデザイナーとして世界的に成功した日本人、奥山清行氏を紹介します。彼は、アメリカのGM、そして、フェラーリのデザイン会社であるイタリアのピニンファリーナ社で活躍した、今注目の人です。

現在、故郷である山形を筆頭に、日本の地方にある伝統技術にスポットライトをあてて、世界ブランドを目指しています。

実は、私達は、かなり前から奥山氏に注目していました。

彼のセミナーには何度も足を運び、そのカリスマ性と素晴らしいデザイン哲学に魅了されました。日本人としての責任感や真面目さを持ちながらも、その感性は、日本を遠く離れ、もはや「世界」であることを感じさせる人です。

グローバルに、「Ken Okuyama」ブランドを確立した奥山氏。今回は、そんな彼のステキポイントから、日本人としての「誇り」と「希望」を感じてもらえたらと願っています。

●奥山氏のプロフィール

奥山氏は、1959年、山形県の果樹農家に生まれました。武蔵野美術大学を卒業後、日本の企業で働く道を選ばず、アメリカのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインへ留学しました。そして、奨学金を受けたGMへ就職し、その後、ドイツのポルシェ、イタリアのピニンファリーナへと移籍し、2006年に独立しました。
http://www.kenokuyama.jp/

彼の代表作は、エンツォ・フェラーリ、マセラティ・クアトロポルテなどの高級車ですが、それ以外に、家具、照明、鉄瓶、めがね、腕時計、ロボットなど、多岐にわたってデザインしています。

横文字ばかり登場してしまい、よくわからないと思われた方も多いと思うので、補足説明します。

まず、アートセンター・カレッジ・オブ・デザインですが、同校は、ロサンゼルスにあり、トランスポーテーションデザイン学科は、世界的に有名で、アメリカビックスリー(フォード、GM、クライスラー社という米国三大自動車会社)のデザイナーの多くが卒業生です。

また、日本の自動車メーカーの多くが、社員を派遣留学させており、日産のチーフクリエイティブオフィサーとして活躍している中村史郎氏も卒業生の1人です。
http://www.artcenter.edu/accd/index.jsp

一方、ピニンファリーナ(Pininfarina S.p.A.)とは、一体どんな会社なんでしょうか。
http://www.pininfarina.com/

同社は、1930年に創立されたイタリア最大のカロッツェリア(自動車のボディをつくる工房)であり、トレノが本拠地です。
日本では、フェラーリをデザインしたことで有名ですが、それ以外に、マセラティ・クワトロポルテ(マセラティ社)、アルファロメオ(フィアットグループ)など、数多くの高級車のデザインを手がけております。

奥山氏を通じて、世界的なデザイン教育機関やカロッツェリアを知ることができて、世界が少し広がりました。

●ステキ・ポイント1:「周りに流されないで、自分の哲学や信念をもとに、国際キャリアを構築していること」 

美しい自然に囲まれた山形で生まれた奥山氏。少年時代から鉛筆片手に、家中の壁にクルマの絵を描いていたというからすごいですね。
彼をカーデザイナーへと駆り立てた決定的な出来事は、小学校5年生の時に開催された大阪万博のイタリア館で、ファラーリに出会ったことだったと彼の著書に記されています。

カーデザイナーを目指し、まず、アメリカへ渡りました。最初に就職したGMでは、1,500人いるデザイン部で、3年連続一位(!)という社内評価を得て、チーフデザイナーにまで昇格しました。外国人が簡単にできる技とは思えませんね(笑)。

しかし、彼は、「どうしても、自分の作品を、自分の名前で世に出したい」と、イタリアのピニンファリーナへ移籍したのです。この時、彼は、給与も肩書きも捨てました(ちなみに、彼の給与は、3分の1に減ったそうです)。

そして、ピニンファリーナで10年以上活躍し、デザイン・ディレクターにまで上り詰めました。しかし、またもや、その肩書きや名声を捨てて、ルーツである日本、そして、山形に帰ってきたのです。

中には、彼ほどの実績や名声を手にしたら、さらに規模の大きいプロジェクトへ向かう人もいるでしょう。あるいは、独立して、「大量生産」で成功しているグローバル企業向けに仕事を得る、という道もあります。

しかし、彼は、給与や肩書き、そして安定といったものを捨てて、ピニンファリーナを選びました。

一体なぜなんでしょうか?

奥山氏には、仕事をする上で課している絶対条件、というものがあるそうです。それは、

1)自分が学ぶことがある
2)相手から求められている
3)自分がやっていて楽しい

なるほど、彼のキャリア構築は、まさにこの信条に基づいています。
「知名度」とか、「売上や利益」などといった項目がないことに気付きましたか?
それらは、上記3つの条件を満たした後に、自然に得られる副産物だととらえているかもしれません。

また、日本に回帰した経緯については、

「山形に帰省するたびに、あちこちに放棄された家電や車の廃棄物で、美しい景観が壊されていることに心を痛めた」

と自ら説明しています。そして、

「供給過剰を承知でものを作り続けることは、資源をゴミに変える理不尽な行為であり、安価な大量生産は、決して消費者に感動を与えない」

という持論に行き着いたのです。

いまや、奥山氏は、「長く愛されるもの」、「使えば使うほど魅力が増す商品づくり」というデザイン哲学を持って作品作りをしています。そして、最初のプロジェクトとして成功させたのが山形工房です。
http://www.yamagatakoubou.jp/j/index.html
 
山形ではぐくんだ夢を、海外で発展させ、ルーツである日本へ持ち帰ってきた奥山氏。

彼は、自分に対して正直であり、自分の能力や属性を100%発揮できる仕事を求めて、キャリアを構築していったのですね。

私は、自分のルーツに帰り、世界へ発信するという選択こそ、奥山氏の名前を強烈なオンリーワン・ブランドに仕上げているのではないかと思っています。

世界を対象に、自分の個性や能力を活かして、ユニークなキャリア構築をしているという点で、私達は多くを学べるのではないでしょうか。

●ステキ・ポイント2:「海外からの視点と鋭い感性で、 日本の強みと弱みを、把握していること」

奥山氏は、大学卒業後、すぐに渡米し、その後は、アメリカのGM、ドイツのポルシェ、イタリアのピニンファリーナ社で勤務しました。
彼は、これらアメリカやヨーロッパのデザイン業界から、多くを経験し、学んだと語っています。

まずアメリカです。

アメリカの最小単位は、「ミリ」でなく、「インチ=2.54cm」です。
GMでの車デザインの経験から、アメリカ人には緻密な作業は不可能だと結論づけています。また、ビジネスの可能性を嗅ぎ分ける感覚が鋭い反面、「味覚」には乏しく、説明されないとわからないと言っています。

確かに、私の経験でも、3分の超簡単クッキングや、レンジでチン!という食事で済ませる場面を見かけることが多く、味覚に関してはこだわりがないように思いました。

奥山氏はイタリアでも多くを学びました。イタリアは、30人以下の零細企業が多数あります。彼らは、高い職人技で、地方都市から直接、世界に発信しているというのです。

緻密なものづくりでは、日本とイタリアがダントツに高いですが、決定的な違いは、イタリアの商品には文化的背景やキャラクターが明確に反映されていて、それがブランドとなり、高価格を実現している、と説明しています。

様々な国際的学びを経て、彼が結論づけた日本の国際競争力は、下記のようなものでした。

(1)他人への思いやりや配慮
(2)自分を犠牲にしてまで、集団の利益を優先する姿勢
(3)緻密なものづくりと、自然に改善、改良する能力

他国は、真似するだけだが、日本は、真似をして、改善して、自分のものにすることに長けている。

確かにこれらは、多くの日本人に自然に身についているものですね。

私は今まで、これらは、"主体性のない日本"の特徴でしかない、と、ネガティブに捕らえていました。若い頃、相手の話をあまり聞かない欧米人との会話で、「相手に気を遣って話を聞くことに集中」していた私は、結局、意見が言えずじまいでした。だから、相手への配慮なんて、日本人の長所にはなりえないと思ってました。

しかし、奥山氏が話す日本人の強みは、自身の深い経験にもとづくもので、私に新しい日本人像を与えてくれました。そして、日本人は、グローバル展開にもっと自信をもっても良いと解釈できるように思えます。

弊社は、日本人であれ、外国人であれば、各自が必ず持っている「強み」を、世界各国のパートナーと共に、ヒト・ブランドとして発信・発展させる、という目標をもって、2006年に設立されました。

奥山氏のコメントは、弊社のモットーを後押ししており、多いに励まされています。

例えば、奥山氏は、日本が世界で成功する「重要」で「改善すべき点」として、

●「個性/物語性」

そして

●「コミュニケーション力」

を挙げています。

日本では、今まで、個性を重視しない社会を構築してきたために、「あ、うん」の呼吸で話せても、言葉によるコミュニケーションは苦手です。世界でもトップレベルのシャイな民族なんですね。

しかし、急速な勢いでグローバル化する現代において、このままでは「日本人の強み」を発揮できないだけでなく、私達そのものの存在すらも危うくなってしまいます。

弊社は、まさにこの重要な課題にチャレンジし、日本人が苦手とする「国際ブランド」作りや「英語でのマーケティング・コミュニケーション」で、日本のグローバル化に貢献したいと思っているのです。

読者の皆さんも、あなたの個性・魅力を、「ステキ・ポイント」として、どんどん発見し、発信してみませんか。

もし、1人でも、世界の誰かが共感してくれたら、そこから皆さんの「ヒト・ブランディング」の旅が始まります。

●ステキ・ポイント3:「本来、黒子である職人にスポットライトをあて、ヒーローに育てたこと」

奥山氏の最新のプロジェクトは、岩手県の村上商会と組んで、レーシングカースタイルの車の開発でした。2008年3月に、スイス・ジュネーブ国際モーターショーで発表し、すでに世界中から受注を獲得しています。

下記にニュース記事と写真が掲載されています;
http://mytown.asahi.com/iwate/news.php?k_id=03000490804100001

完成させた車の名称は、「K.07(スパイダー)」「K.O8(クーペ)」であり、日本刀から着想した外観で、職人の今野氏と奥山氏が「自分たちが本当に欲しいと思える車」を形にしました。販売価格は、1500~2000万円です。

テレビで彼らの取材番組を見ました。とても印象的だったのが、モーターショーで自分が開発した車の前に立った今野氏の顔でした。とても活き活きしていて、プライドを感じたのです。

彼は、インタビューでこう語っていました;
「やっぱり、(自分達は)黒子舞台なんですけれど、本当はみんな、表に出たいんですよね。」

つまり、本当は自分が開発したのに、下請けという立場のために、今まで、表舞台に出ることがなく、誰が作ったのか知らされることはなかった。でも、今回は、自分が表舞台に出て自分が作ったんだぞ、というメッセージを発信することができたのです。

奥山さんの厳しい要求と共に、数々の予想外のトラブルが起きました。
これらの問題に日々直面し、冷静さを保ちながらも必死に挑戦した今野氏。そして、無事に、スイスのモーターショーで、英語は話せなくても、シャイな自分と戦いながら、凛とした姿で立った姿。。。

まさに、ヒト・ブランディングを見た瞬間でした。

そして、この立役者が奥山氏だったのです。

彼は、これまで陰だった職人に「高い可能性」を見出し、表舞台に立つチャンスを与え、今野氏をヒーローとして育てたのです。

奥山氏は、すでに、一流のデザイン力、世界的な人脈、または、資金力を手にしているでしょう。

しかし、それらをどう使うかが彼の人生観や人間性を表すのではないでしょうか?

今や日本から消えようとしている伝統技術に焦点をあて、職人達とパートナーシップを組み、地場産業再生に貢献する、、、。
そして、仕事の取り組み方等、何から何まで考え方が違う「日本の職人達」に、勇気と自信を与えながら、世界舞台の主人公に仕立て上げた、、、。

真のプロフェッショナルを感じました。

私たちは、自分の能力を人生でどう使うかを問われています。

もし読者の中に、自分の魅力がなかなか満足できるレベルにまで達成していない、なんて思う人は、今野氏のように、いきなり思い切って、海外の舞台に挑戦してみましょう。突破口が見出せるかもしれませんよ!

以上、奥山清行氏のステキポイントを紹介してきました。
皆さんはどう感じましたか?

Page Top